薬物依存研究の第一人者が診療する患者の実態から「危険な薬物」と警鐘を鳴らしてきたが、これがどの程度、健康に悪い飲み方と結びついているのかを裏付ける研究はなかった。 そんな中、世界で初めて、ストロング系チューハイと問題飲酒の関連を明らかにした研究が論文として発表された。 ビールなどと比べて酒税が低く、コンビニなどで手軽に買えて、お酒に不慣れな若者向けの広告も盛んに行われている日本での流通の仕方に問題はないのだろうか? BuzzFeed Japan Medicalは調査した慶應義塾大学衛生学公衆衛生学教室の特任助教、吉岡貴史さん(元福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター)と、アルコール依存症の患者を診てきた岡山県精神科医療センター臨床研究部の精神科医、宋龍平さんに話を聞いた。

全国3万人のインターネット調査 「問題飲酒」の質問調査の回答を分析

論文は、「Strong chū-hai, a Japanese ready-to-drink high-alcohol-content beverage, and hazardous alcohol use: A nationwide cross-sectional study(高アルコール飲料「ストロング系チューハイ」と問題飲酒の関連性:全国規模の横断的研究)」。 12月7日、アルコール関連病の専門誌 「Alcoholism: Clinical and Experimental Research」に掲載された。 まず、論文の概要を紹介しよう。 全国3万3000人に対するインターネット調査で2万7993人の有効回答があり、

の2点を検証した。 ストロング系チューハイを、「飲んだ経験がない人 」「過去には飲んでいたが今は飲んでいない人」「現在飲んでいる人 」に分け、問題飲酒を調べる質問調査「AUDIT (Alcohol Use Disorder Identification Test)」の点数別に分析した。 この研究では、WHOの基準に基づいて、7点以下を「低リスク飲酒」、8〜15点を「中間リスク飲酒」、16〜19点を「高リスク飲酒」、20点以上を「アルコール依存症が疑われる飲酒」と分類。8点以上を「問題飲酒」と定義した。 「問題飲酒」とは、飲酒量や飲酒パターンが精神・身体・社会的な健康に悪影響を及ぼす(あるいはその可能性がある)飲酒のことを指す。 性別や年齢、社会経済指標、喫煙、自己申告でのうつ病/精神疾患の有無、現在の不安抑うつ状態の影響を調整し、インターネット調査による偏りも調整して、日本人一般での傾向と言えるようにした。

ストロング系チューハイ経験者は56.2% 問題飲酒との関連が明らかに

その結果、ストロング系チューハイを過去に飲んでいたと答えた人は35.9%、現在も飲んでいると答えた人は20.3%で、両方合わせてこれまで飲んだことのある人は56.2%と過半数に上った。 しかし、これらは「ストロング系チューハイを飲むような飲酒習慣の人」と、「ストロング系チューハイを飲まないような飲酒習慣の人」を比較した結果にすぎない。 ストロング系チューハイの使用そのものの関連を検証したとは言えないため、飲酒頻度と1回の飲酒量を調整して、飲酒習慣ではなく、ストロング系チューハイ単独の影響を確認できるよう配慮した追加分析も行った。 それでも、ストロング系チューハイの使用は、

多量飲酒コントロールを失った飲酒朝の飲酒その他の飲酒問題(周りの人が飲酒量について心配したり、飲酒量を減らすよう勧める)

と関連していることが明らかになった。

ストロング系のせいで問題飲酒をしてしまうのか、問題飲酒があるからストロング系を飲むのか

ただし、ストロング系チューハイを飲んでいるから問題飲酒をするようになったのか、元々問題飲酒のある人がストロング系チューハイを飲むようになったのか、時系列の方向性はこの調査ではわからない。 研究では両方の可能性もあると指摘されている。 以上が研究の概要だ。

「ストロング系を飲んでいます」と答える依存症患者は多いが、実証データがない

調査に当たった二人の研究者に研究の背景や解釈について聞いた。 ——まず、なぜこの研究を行おうと思ったのでしょう? 吉岡 ストロング系チューハイの危険性を指摘するいろいろな記事や、「ストロング系ヤバい」「飛べる」などと、危険で刺激的な飲み物として紹介している動画などを見て関心を持ちました。 元々はタバコの害について研究しており、嗜好品 として使われる物質がどのような健康影響を与えるかに研究者として興味を抱いてきました。 そんな時、新型タバコについて調査しているインターネット調査研究のプロジェクトに「ストロング系チューハイを飲んでいるか」という質問が入っているのを見て、「この調査で実証できないか」と思いつきました。 私は医師ですが、依存症に関する診療の感覚を持ち合わせていません。そこで、同じ大学院出身で仲も良く、アルコール依存症の診療もやっている宋先生の専門的な知見も借りようと、声をかけました。 ——宋先生はアルコール依存症の患者を診ているそうですが、ストロング系の影響を感じることはあったのでしょうか? 宋 ストロング系のチューハイを飲んでいた結果、依存症になったかどうかは分かりませんが、とにかく「何を飲んでいるのですか?」と聞くと「ストロング系を飲んでいます」という患者がすごく多いのです。 アルコール依存症のケアに関わっている人間は皆、ストロング系チューハイを飲んでいる患者が多いと思っているでしょう。僕の同僚も「ストロング系がどれぐらいアルコール依存症に影響しているのか調べたい」と相談しにきたぐらいです。 僕らは、直感的に明らかに関係してそうだけどデータがないなと思っていたので、誘われた時は「やるやる」と二つ返事でした。

世界のアルコール政策と逆行するストロング系チューハイの流通

——論文ではWHOが2010年に発表した「問題飲酒を減らすための世界戦略」を紹介しています。この戦略では高アルコール飲料への課税や、問題飲酒の害を受けやすい人やハイリスクな人が手に入れにくくする対策を掲げていますが、日本におけるストロング系チューハイの状況は、低い税率で、手に入れやすく、この戦略と逆行している印象です。 結果的にすごく売れてしまったので、ストロング系チューハイは市場を主導する製品としてどこにでも売っている現状に至ってしまいました。 WHOの問題飲酒を減らすための戦略より前に発売されたこと、高アルコール飲料の規制が日本で行き届いていなかったことが、ここまで普及した原因なのかと思います。 またストロング系チューハイはアルコール1gあたりの価格が最も安い部類の製品であると言われています。そういった価格設定も問題だと思います。 宋 アルコール飲料を手に入れにくくすることは問題飲酒に対してすごく効果のある対策です。百歩譲ってストロング系チューハイが開発されたのはいいとしても、ストロング系も含めてアルコール全般をコンビニで24時間どこでも買えるようにしているのはどうかと思います。 専門家が「飲み放題止めよう」とか「ハッピーアワーは止めよう」と呼びかけているのに、日本はアルコールへのアクセスを逆にとても良くしてしまっています。アメリカのように身分証明書がなければ買えないなどの壁が全くありません。

飲んだ量が一緒でも、ストロング系を飲んでいる方が問題飲酒に発展する可能性

——日本人の過半数がストロング系チューハイを飲んだことがある、という結果についてはどう感じましたか? 吉岡 改めてすごい人気だと思いました。報道されているのは出荷本数だけですから、みんなが飲んでいるのか、一部の人がたくさん飲んでいるのかはわかりませんでした。 今回、かなりの人が少なくとも飲んだ経験があり、今もかなりの人が飲んでいることが明らかになりました。これは重要な知見だと思います。 ——そして、現在飲んでいる人は、問題飲酒と関連があることが明らかになりました。これは予想通りですかね? 吉岡 そうです。予想通りというより、仮説が裏付けられた形です。ここまでわかりやすく出るとは思いませんでしたが、松本先生の言っていたことの一部は検証されたことがわかりました。 ストロング系チューハイを飲んだ結果、本当に問題飲酒に発展しているのかはわかりませんが、その可能性はより高まったと、結果が出た瞬間は思いました。 宋 やっぱりそうなんだ、と思いました。目の前の患者さんだけを診ていると「木をみて森を見ず」になることがありますが、森もやはりそうだったのだと思いました。 また、飲んだアルコールの量が一緒であっても、ストロング系チューハイを飲んでいる人の方が飲んでいない人よりも問題飲酒が多かった可能性も示しているので、ストロング系チューハイという製品の問題がより際立ったと思います。 宋 なぜストロング系を飲むと問題が起きやすいのかは、今後の研究課題です。おそらく血中濃度を上げるスピードの速さは、有力な仮説になるのかもしれません。

データを積み重ねて、岩を動かすように政策が動けば

——この結果を受けて、日本のアルコール政策にどのような影響を与えることを望みますか? 吉岡 一つの研究から強い結論は出せないので、今回の研究を持ってストロング系が良いとか悪いという議論はできません。 今後もどういうメカニズムで問題が起きているのかを調べなければいけませんし、ストロング系を飲むから問題飲酒に発展してしまうのか、元々問題飲酒があるからストロング系を飲むのか、あるいは両方なのか、明らかにしていかなければいけません。 そうしていく中で、少しずつ課税の強化や、アクセスの制限という政策にゆっくりと近づいていくのかと思います。 宋 一つのエビデンスだけで方向性は示せませんが、WHOの戦略があり、日本でもこういうデータが出てきたことで、少しずつ大きな岩が動くのかもしれません。 ストロング系チューハイに限らず、データを蓄積していくことで、オセロがひっくり返っていくようにアルコールに関する政策が変わることを目指したいです。 アルコール問題に対する活動家が根拠をもちながら、対策を主張できるようにすることが大事です。 研究者としては、半分懐疑的であることが大事だと思っています。「ほんまかいな」と思いながら、「やっぱりその通りだった」と実証していく。一つ一つ整理してデータとして出していけたら。 ——この研究をさらに発展させる計画はありますか? 吉岡 来年さらに追跡調査をするべく、縦断調査の質問票を作っています。ストロング系チューハイを飲んでいる人が、他にどんなアルコール製品を飲んでいるのか。どういう性別、年齢、社会階層の人がストロング系を飲んでいるのかなどを聞いて、その結果、ストロング系の使用によりどういう風に飲酒行動が変わっていくのかも調べたい。 今回の研究では明らかにできなかったストロング系を飲むことが問題飲酒を引き起こしているのか、問題飲酒があるからストロング系を飲むのか時系列の確認も含めて、明らかにしたいと思います。 宋 お酒の入り口がこういうアルコールであるのは危ないし、無茶飲みは若年層で多いので危険性が多い。そういう年齢層の関連は興味があります。

エビデンスは理性に訴える 法律や規制に影響することを期待

——最近でも若い人が見るM-1グランプリで、人気芸人を起用して、若い人に向けたストロング系チューハイの宣伝が集中的に流されていました。問題飲酒との関連が明らかになる中、メーカー側のこうした売り方についてはどう考えますか? 我々としては、ストロングゼロをなくすことが目標ではなく、こういうエビデンスの発信を通じて、問題飲酒で不幸になったり、体を壊したりする人を少しでも減らすことが目標です。その目標を実現できるような研究発信を続けたいです。 宋 アルコール自体は害もありますが、益もあります。お酒を作る人は売るのを頑張るし、別の視点で見る人は反論したり、データを出したりすることでバランスをとっていくことが大事です。 僕たちとしては、もちろん手にしやすい環境があることは問題だと思いますが、データや論理で一つずつ積み上げて伝えていくことが必要です。 専門家は悲惨な人たちを見ているのでダメだと言いがちですが、人にはお酒を飲む自由もあります。大事なのは、お酒の害も益もちゃんと知った上で選ぶ「インフォームドチョイス」です。僕たちは選択するための情報をちゃんと出していくことが大事だと思っています。 ——ただM-1のCMと、こうした論文の発表と、どちらがストロング系を飲む人に届くか考えると、なかなか厳しい戦いですね。 宋 それはその通りです。エビデンスで人は動かない、ということはしばしばあります。それでもないよりはいいし、感情には訴えかけないけれど、理性には訴えかけるので、法治国家であれば法律や規制に影響を与えられると思います。

ストロング系の問題を診療現場から警告した松本俊彦氏「重要な研究結果だ」

ストロング系チューハイが与える健康影響について、いち早く警告を発信してきた国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部長の松本俊彦さんは、今回の研究の意義についてこう評価する。 「僕らは直感的に問題を指摘してきたのですが、それを根拠づけるようなきちんとしたエビデンスはありませんでした。そのエビデンスの一端をこうしたきちんとした研究で証明してくれたことはありがたいし、もっとこの研究成果が社会に知られるべきだと思います」

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